世界会議の内容を全く覚えていない。
そんな事は、エストニアにとっては珍しく、
我ながら情けない、と思った。
自然と零れるため息の後で、
一方で心の中に沸き上がる嬉しさは隠せなかった。
思い出すと、ドクン、と鼓動が早くなって、顔が熱くなる。
それがよけいに切なくて、涙が出そうになるのを堪えようと、
眼鏡の奥の瞳をぎゅっと閉じた。
「落ち着け。落ち着け。」
と独り言を小さく声に出しながら、早足で廊下を歩いく。
会議の後、夜に開かれる晩餐会の会場目指して、
靴音を全て吸収する程の高級そうな絨毯が敷かれた廊下を歩く。
角を曲がった所でエストニアは反射的に足を止めた。
視線の先に、当たり前の用に二人並ぶスウェーデンとフィンランドがいた。
それは、周知の、当たり前の、ごく自然な光景だった。
いつでも二人は一緒に居て。
二人の間に割って入れる存在など、まるでないかのように。
「でも、さっき君は。」
心の中で、視線の先に居るフィンランドに問いかけるように呟く。
エストニアはそっと、自分の唇を指でなでた。
会議が始まる直前に触れた合った感触が、鮮明に残る唇に。
解っている。あれは気まぐれ。
数カ月前、悩んだあげくに、好きだよ、と告げた自分に、
彼は一言「ごめんね、僕にはすーさんが居るから。」
と、予想通りの答を返して、
片思いに終止符を打てるはずだった。
それなのに、
どうして今日自分は「誕生日プレゼント何が欲しい?」と聞かれて、
「君が。」と馬鹿みたいに答えてしまったんだろう。
フィンランドは一瞬はっと目を見開いた後、
困った、とても困った顔をして、
「ごめんね。これしかあげられない。」と諭すように告げると、
すっとエストニアの眼鏡をはずし、
身体を固めるエストニアの唇に、同じものをそっと重ねた。
しばらく何が起きたかわからないまま、
やがて頭の一部で状況が飲み込めようとしてきた頃唇が離され、
「すーさんにはナイショだよ?」
とフィンランドがいつもよりやや低い声で呟いた言葉に
一気に現実が引き戻った感覚を覚えた時、
エストニアの頬に一筋の滴が伝ったのを指ですくい取ると、
フィンランドは今度はエストニアの右頬にキスを落とし、
「ね?」と念を押すように一言つけたした。
自分はその時、頷けたのだろうか。
頷いたつもりだったけど、ちゃんと頷けただろうか。
諦めなきゃ、と思っているのに、頭ではわかっているのに、
今も目の前の光景にこんなにも心が痛む。
フィンランドがエストニアの視線に気付き、
こちらに視線を向けてスウェーデンの腕をそっと掴んだ。
「わかっているよ」
と、必死で声を絞り出した。
この距離では聞こえないだろうことは解っていたけれど。
そして今度は、出来るだけきちんと、「うん。」と頷いて見せた。
それが、今出来る精一杯だった。
FIN
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